一人暮らしに『栄養と料理』
一人暮らしを始めるときに、食いしん坊の私は料理を面倒に感じるよりも、台所(もうこの呼び方も昭和……)を一人占めできるということがとても嬉しかった。
狭くてもマイキッチン……。うふふ……という感じ。
実家では母、祖父(元料理人)のどちらかが台所に立っていた。時々私も手伝うがどちらかというと洗い物専門だった。
それが今度は朝から晩まで自分の好きなものを作って食べられるのだ。何かとても自由を感じた。
田舎者の私は、道具はやはり合羽橋で買わなくちゃと、フライパンや鍋、お玉等々、色々なものを買い出しに行ったものだ。
今でも我が家には料理人が使っているような丈夫な片手鍋がある。
そのころはネットでレシピを調べるような時代ではない。
そこでお世話になったのが女子栄養大学出版部が出版している『栄養と料理』。
この本を読んで乱れた食生活を送るのではなく、栄養バランスを整えたいと思ったのだ。
この本をボロボロになるまで愛読した。
旬の野菜を作ったレシピや芸能人の食に関するインタビューコーナーがあったような記憶がある。
その中で印象的なのは、どうやって食材を無駄にせずに使いきるかの記事。
ひき肉があったら炒めて冷凍しておくと、ミートソースがすぐできたり、肉みそを作れたり。
パスタを余分に茹でて冷凍しておくと、食べたいときにすぐ温めて食べられるし、スープにも入れたり、グラタンやサラダにもできるということ等々。
就職した会社は比較的残業も少なく、会社の近くに住んでいたので料理する時間はたっぷりあった。
三食簡単なものではあるが作って、なるべくお弁当を持っていった。実験みたいで楽しく自炊をしていた。
そうしてなるべく栄養バランスを考えて何十年と料理を作ってきたつもりだったが……。
夫は運動大好きでジムにも通っている。
私は運動が嫌い。
こんな私たち夫婦はここ何年か悪玉コレステロール値が高くなり……。
やはり、食べる量が多すぎるのか?
お菓子が止められないせいか?。
なんと、おうち時間が長くなった長女もついに悪玉レステロール値が高くなってしまった!!この若さではやばい!!
又一から『栄養と料理』にお世話になる時が来たか。
ちなみに最新刊の本の表紙には
「すわりっぱなしに注意!」とある……。
他の号には……
50歳からの美筋トレ、50歳からの快眠ガイド、50歳からの老けない食べ方……。
魅力的なタイトルがずらりと並んでいる。
……あれっ、昔はもっと若い子向けの雑誌ではなかったっけ?
やはり読者に合わせて企画も変わってきたのだろうか。
これは是非読んでみなければならない。
優しいパソコンインストラクターになりたい
今週のお題「下書き供養」
先日、懲りずにZoomでオンライン講座に参加した。
今度はビデオをオンにする設定らしい。どきどき……。
あらかじめパソコンにZoomをインストールした。
仕事から帰宅して、早めに夕飯を食べて、
慌ただしくパソコンを起ち上げる。
Zoomを開いてスタンバイ。
今度は大きい画面で、キーボードも打ちやすいぞ。
そして……ビデオをオンにしようとするが、なぜか自分が写らない。
どこをどう押しても写らない……。
娘を呼んできて、教えてもらう。
なぜか娘が設定しようとしても写らない。
もう時間が迫っている……、どうしよう!!
どうもプライバシーの設定か何かわからないが、どこかの設定でひっかかるらしい。
……素人には難し過ぎる。
……講義がもう始まってしまった……。
私と何人かの人は黒い画面のまま、講義は進行してゆく……。
名前だけがアップされている。……恥ずかしい……。
講師から質問を受けた。声で返す。暗いけど、参加してます!
もう何でこうなるの……。
もっと簡単に参加できるはずだったのに……。
内容はとても有意義なものだった。
しかし、またもや暗い画面に意識が……。
自分が情けない。
講座が終わって思い返すのは……
内容がよかったことよりも……画面の設定を娘に教えてもらうときに、散々上から目線で罵倒されたこと。すごく傷ついた。
それってテクハラなんじゃないですか?
あなたはZoomで散々会議やってるかもしれないけど、こちらは二回目なんですよ。
よちよち歩き……いや、歩いてもいない、寝返りも打てない……、いや首も座ってない状態なんです。
……悔じい!!
私は絶対に初心者やお年寄りに優しいパソコンインストラクターになるんだ!!と自分の次の目標が出来たぞ!
たまには映画館で映画を
今週のお題「下書き供養」
娘はエンタメにお金を使うのにためらいがない。
実家暮らしということもあるが、結構好きなアーティストのライブには行くし(今はオンラインライブが中心だが)、グッズにもお金を使う。
アップルミュージックにも課金し、映画も映画館で結構観ている。
娘が言うに、「アーティストを応援する気持ちもあるし、違法サイトとかで無料で見るよりも、その価値に対価を払いたい。それが当たり前だよ。そういう風に思うようになったのはママが小さいときに色々連れて行ってくれたからだよ」
と嬉しいことを言ってくれた。
子供たちが小さいときは、余り収入があった訳ではないが、自分が行きたいということもあり、劇やコンサート、映画館、美術館等々できる範囲で連れて行った。
私も先日、久しぶりに映画館で映画を観た。
やっぱり大きな画面で、臨場感たっぷりに映画の世界に浸れて特別な空間、時間を過ごすことができた。
アマプラにも入って入るので、家でも色々観ているが、よい映画もあまり集中して観られない。それでは頭に残らない気がする。
生活する中で、学費や食費等々色々まだまだかかるが、自分が好きなものにできる範囲でお金を払って文化を絶やさないようにしたい。
このご時世で、中々その場所に行くのにはハードルがある。
しかし例えば演劇で言うと、公演が減ることで、演者だけでなく舞台装置、音響、照明等々、裏方の方々の収入も減るし、技術的なことを伝えていく場も失われてしまう。裏方の技術を習得するのには何年もかかるらしい。技術の伝承が一旦途切れたら、コロナ禍が収まったときに色々な文化が絶えていた、ということになっていたらとても悲しいことだ。
感染対策をしっかりして、私は観劇やライブ、映画館に行きたいと思う。
新しいパソコンにわくわく
今週のお題「下書き供養」
パソコン購入に関しての備忘録です。このままだと埋もれてしまうので供養させてください……。
今年学びたいこと―パソコンの知識を増やしたい。知識といっても文書作成能力とかブログの書き方とかの初歩的なこと。
富士通のノートパソコンを8年使い、Windows7だったのでそこにWindows10を入れてSSDを換装してもらった。入れてもらった当初からネットを見てると再起動を繰り返していたが騙し騙し使っていた。
そのパソコンはWindows10に対応していないものだったらしい。そんなものでも無理やり入れることは可能なのだろうか。素人には理解できない。
個人でやってる怪しげなパソコン業者に騙された。私の2万円を返してほしい。それを元手に新しいパソコンを買っていたのに……。
不便な状態で一年経ち、そのうちうんともすんとも言わなくなり、電源も入らない状態になった。
そこで娘の進学のため8年前に買ったこれまた富士通のノートパソコンを使用していた。ところが、娘も仕事以外にはこのパソコンを使用することになり、私は不自由になった。
好きなときにネットを見たり、ブログを書いたりしたい!
もう一家に一台のパソコンではなく、一人一台パソコンの時代。
家では仕事以外で使うパソコンだけれど、なるべく安くて性能のよいものがよい。
もう日本のメーカーにはこだわらない。スマホも中国製のHuaway製品やOppoでなんの問題もなかった。
素人だが、今度は店員に言いくるめられないぞと下調べしてパソコンの実物を見るために電気店に見に行った。見に行っても、何が分かる訳でもなく、画面の大きさと重さを比べるぐらいだった……。
大学入学らしい子とその親の脇で、店員さんの説明をそば耳を立てて聞いていた。なるほどね……。疑問点を店員さんに聞いたら家に帰ってきた。
ごめんなさい、やはりネットのほうが安く買えるので……。
ネットが見られてちょっと文章が書けるものであればどれでもよいのだ。
ゲームもやらない、絵も描かない。
しかしこの世にパソコンは山ほどある……。情報の海に溺れながら……。
これも楽天マラソンで買うかPayPayモールで買うか散々迷った結果、楽天のポイントも使って7万円代で買えて満足。これで何年使えるか。
Windows10のセットアップはCortanaで簡単にできた。もうこういう時代なんだね。10年ぶりのセットアップで感動。
しかし、今度はOfficeのOutlookの設定がうまくいかない……。
これはプロバイダーに電話で聞いて何とか繋がった。やはりこの部分は素人が調べても解りづらい部分だったので、専門家に聞いてよかった。
パソコン知識が底辺だけど、色々調べるのは楽しい(ただネット見てるだけ……⁉)。明日もまたいじってみよう。
『ノマドランド』
『ノマドランド』(ネタばれ注意)
どうしても行きたくて一年ぶりに映画館に行ってしまった。
話題の映画をこの眼で観たくて。
アメリカ西部のノマド(遊牧民)生活者のロードムービーという知識だけ持って。
ノマドワーカーというと日本では格好よい響きがあるが……。
この映画では……優雅さの欠片もない究極のミニマルライフ。それを自ら進んで選んだ訳ではない。そうなってしまった女性の話。
企業の倒産で職と住居を失い、キャンピングカーでの生活を余儀なくされたファーン。
夫も病気で亡くしている。
音楽や風景が彼女の心のうちを描いている。
物悲しい曲、暗く重い曲、心がのびやかになる曲。
どこまでも砂漠。どこまでも道路。絶壁に波がぶつかる海。日本にはない風景が広がるアメリカ。
路上を車で彷徨い、職場も渡り歩くファーン。
娯楽ではなくキャンピングカーでの生活がそのまま日常であったら……。
ファーンは夫と、その夫との生活を愛し過ぎて、他の人との関係を深めようとはしない。
自分一人で生きていく厳しさ。あまりに人との関係が近くなりすぎると居心地が悪いのか、キャンピングカーの仲間と居るときも心を開いているようで、一線を越さずにその関係にもわざと距離を置いているように見える。近づきすぎると一人になった時の寂しさが余計身に応えるとでも言うのか。
実は姉がいて、しばらく疎遠であったようで、しばらく振りに姉の家にいさせてもらうがそこでも疎外感を感じてしまう。
気になる男性の家に招かれても、そこの家族との団欒でどこか疎外感を覚えてしまう。
荒々しい自然の中で一人でいるときのほうが生き生きして見えた。
一人で生きていく覚悟を厳しい環境の中で身に刻みこもうとしているかのよう。
それでも過去の家をもう一度 訪ねて、貸倉庫の夫の物も処分して、過去の思い出と決別し、これから新しい自分の人生に一歩進もうとしているのか。
頑なに「一緒に住もう」と言ってくれる人(姉や男性)を拒んでいたが、今度はその言葉を素直に受け止めようとしているのか。
エンドロールを見ていると、役の名前と本当の名前が一緒であることに気づいた。
本当に遊牧民的生活をしている人が出演しているということであることは知らなかった。アメリカでは趣味ではなく、そのような生活をしているということなのであろうか。それも高齢者ばかりだった。
私は無性に家、家族のことが恋しくなってしまった。
人は生きていく上で家族の型は移り変わり、一緒のときはほんの一瞬で、死ぬときは一人。誰でも死ぬときは一人。儚い人生だからこそ自分の人生で出会った人との関係を大切にしたい。
そういうことを考えてしまった。
一人暮らしに大鍋
かれこれ30年以上も前、田舎から上京して一人暮らしが始まった。
入社した会社はとてもアットホームで、家財道具がない私に土鍋をくれた人がいる。
その鍋は一人暮らしには大き過ぎる鍋で、いつ使うのよ、こんな大きなもの……。と思ったが、その冬には会社の同僚と私の家で鍋パーティーをしたり、その当時から付き合うことになった夫と鍋物を食べるときに使うようになった。
そして年月が経ち、家族が増えるたびにその鍋は随分と出番が多くなった。
私の料理の腕も上がり(?)、おでんや鍋物はもちろんのこと、ロールキャベツや豆を煮たり、茶わん蒸しやプリンを作ったりするときも大活躍。
炊飯器のスイッチを入れ忘れて大慌てな時も、20分もあればすぐ炊ける。おこげが出来たところなんて炊飯器よりも美味しい。炊き込みご飯も香ばしく炊き上がる。
所々欠けたりしているけど、これを断捨離するのは忍びない。
あの会社の人たちとのことや、料理を色々試していた若き日のことが思い出される。
今でも現役バリバリで活躍しているこの鍋はずっと使っていきたい。
気働きが出来る人
とある施設の部屋をネットで借りて当日になった。
受付表に記入しようとすると窓口の警備員のおじさんが声をかけてきた。
「この部屋より安い部屋が空いているよ」
……。わざわざ教えてくれるなんて。
「一週間前ぐらいだったら部屋を替えられたのにね」
――そうなんですか……。前に私がネットで見たときはもう塞がっていたんですよね。
「キャンセルしたんだろうね。
いや、今でも大丈夫かもしれないから、私が聞いてきてあげようか」
――えっ、ありがとうございます。
それから数分。
「あっちで手続きしたら替えられるみたいだよ」
――分かりました、ありがとうございます。
私は別の部屋に行き、黙々と手続きをした。
部屋を小さくて安い部屋に借り替えた。
もう、おじさん、親切。
今までこの施設で警備員さん何人もに接してきたが、そこまで親切な人に出会ったことがない。
受付表を「これ書いて」と言われ、鍵と一緒にポンと渡す人がほとんど。
人が安い部屋借りようが、高い部屋借りようが、おじさんにとってはどうでもいいことのはず。
黙っていれば、借りる人は何も知らない。
それを、自分の仕事が増えるのに、お節介なほど人のことにかまってきて、私はもう感動してしまった。
自分の仕事を超えて人が求めていることに手を差し伸べるその心意気に私のハートはわしづかみされた。
笑顔が素敵で、気働きが出来て、そして億劫さを微塵も見せないフットワークの軽さ、その自然なたたずまい。
もうそのどれもが尊敬します。
おじさんが違う職場で……どこかの店員さんだとしたら、ファンになってそのおじさんから物を買いたいと思ってしまうほど。
翻って自分はどうだろう。
そこまで踏み込んで人に親切にしたことがあっただろうか。
これはこうかな、と勝手に楽なほうに解釈したり、気が付かなかったり……。
警備員さんの行いが同じ仕事でも仕事の質に雲泥の差を生むことを考えさせられた。
自分の仕事上、いや人生の上でも尊敬に値する人に出会いました。